債務整理 弁護士コラム
自己破産をして処分される可能性がある財産は、原則として破産手続開始決定時に破産者が所有していたものに限られます。
しかし、一定の場合には、破産前に処分されて第三者名義となっていた財産も処分の対象とされることがあります。破産管財人に「否認権」を行使されると、破産前に行われた処分行為の効力が否定されるのです。
本コラムでは、否認権とは何かを詳しく解説するとともに、どのようなケースが否認権行使の対象となるのか、否認権を行使されるとどうなるのか、否認権の対象となる場合の対処法もご紹介します。
否認権とは、破産手続きが始まる前に債務者(破産者)の財産を減少させる行為が行われた場合に、その行為の効力を否定して流出した財産を取り戻すために破産管財人に認められた権利のことです。
たとえば、破産者が時価100万円の車を所有していたとして、換価処分を免れるため自己破産申し立て直前に友人の名義に変更したとします。本来ならこの車は債権者への配当に充てられるべきものであり、車の譲渡契約をそのまま認めると債権者の利益を侵害してしまいます。友人も破産者にお金を貸していて、代物弁済として車を譲り受けた場合であっても、他の債権者との間で不公平が生じます。
このような事態は破産制度を悪用するものといっても過言ではなく、破産法の目的(同法第1条)に照らして認められるものではありません。
破産制度を正しく運用するためには、破産財団(配当の原資となりうる破産者の所有財産)を本来あるべき状態に回復させることが必要となります。そのために破産管財人に認められている権利が、否認権というものです。
破産管財人によって否認権が行使されると、破産者の財産を減少させる行為がなかったものとして取り扱われるようになります。
否認権の行使は、破産財団を原状に復させるものとされています(破産法第167条1項)。つまり、流出した財産が破産財団に組み入れられるということです。
前項で挙げた例でいうと、破産者と友人との車の譲渡契約は否認権の行使によって法的効力が否定され、所有権の移転はなかったことになります。したがって、破産管財人は友人から車を取り戻して破産財団に組み入れることが可能となるのです。
なお、否認権を行使する方法は、否認の訴え・抗弁・否認の請求のいずれかによるものとされています(同法第173条1項)。いずれも裁判所を介する手続きですが、実務上は破産管財人による任意交渉によって流出した財産の取り戻しを図ることが一般的です。破産者に対して、減少させた財産の価額に相当する金員を別途調達させることも、よく行われています。こういった任意の手段でも、破産財団を適正に回復させることができれば、否認権を行使したのと同じ状態を実現できるからです。
任意の手段で破産財団を十分に回復できない場合には、否認の訴えや否認請求によって正式に否認権が行使されることになります。
破産財団が適正に回復されたら、あとは管財事件の通常の流れに沿って破産手続きが進められます。すなわち、取り戻した財産も含めた破産財団をもって、破産管財人が必要に応じて換価処分をし、破産債権者への配当を行うのです。
配当が完了すると破産手続きは終了し、免責手続きに移ります。
破産手続開始決定前に破産者が行った財産減少行為は、免責不許可事由に該当することが多いものです。また、否認権の対象行為があると管財事件となって労力と費用の負担が増えるとともに、財産処分行為の相手方に迷惑がかかるというデメリットがあります。
しかし、否認権の行使によって適正に配当が行われた場合には、それ以上に特段のペナルティはありません。むしろ、免責が許可されやすくなるというメリットもあるのです。なぜなら、破産者の財産が適正かつ公平に清算されることにより破産債権者の利益も適切に確保され、破産法の理念に反する違法状態が解消されたといえるからです。
否認権の対象となるケースとして、大きく分けて「詐害行為をした場合」と「偏頗行為をした場合」の2種類が挙げられます。
詐害行為とは債権者の利益を害する行為のことですが、破産法上、以下の5つの詐害行為が否認権の対象とされています。
① 破産債権者を害することを知ってした行為(破産法第160条1項1号)
たとえば、時価100万円の車を10万円で売却するというように、不当な廉価で財産を減少させる行為がこの類型に該当します。破産者が破産債権者を害することを知って行った場合は、時期を問わず否認権の対象となります。
ただし、その行為の相手方(受益者)が、行為当時に破産債権者を害することを知らなかった場合は除外されます。
② 支払い停止後または破産申し立て後の詐害行為(破産法第160条1項2号)
経済的破綻が明らかとなった後の財産減少行為は、破産者の内心を問わず否認権の対象とされています。ただし、受益者が、行為当時に、支払い停止や破産申し立てがあったことも、破産債権者を害することも知らなかった場合は除外されます。
③ 詐害的債務消滅行為(破産法第160条2項)
破産者が債務の返済のためにした行為であっても、過大に財産を減少させる場合には否認権の対象となります。たとえば、10万円の借金を返済するために時価100万円の車で代物弁済するケースがこの類型に該当します。
ただし、否認権の行使によって法的効果が否定されるのは、過大な部分だけです。上記の例では10万円の限度では代物弁済として有効ですが、受益者は残りの90万円を破産管財人に返還しなければなりません。
もっとも、有効な部分についても、「偏頗弁済」として否認権の対象となる可能性があります。
④ 無償行為(破産法第160条3項)
破産者が支払い停止後、またはその前6か月以内に対価なく財産を処分した行為は否認権の対象となります。たとえば、自己破産申し立ての直前に車を友人に無償または二束三文で譲渡するような行為がこの類型に該当します。
この類型では、当事者の内心は問われません。
⑤ 相当な対価を得てした財産の処分行為(破産法第161条)
たとえば、評価額3000万円の自宅を3000万円で売却した場合でも、一定の場合には否認権の対象となります。なぜなら、不動産が現金に形を変えると、財産隠しなどにより破産債権者を害するおそれが高まるからです。
具体的には、行為当時に破産者が財産隠し等の目的を有しており、かつ、相手方も破産者のその目的を知っていた場合に否認権の対象とされています。
偏頗行為とは、特定の債権者にのみ優先的に弁済や担保の供与を行うことです。自己破産手続きでは、すべての債権者は公平に扱われなければなりません。偏頗行為をすると債権者間に不公平が生じるため、一定の場合は否認権の対象とされているのです。
具体的には、支払不能になった後または破産申し立ての後になされた偏頗行為が原則的に否認権の対象とされています(破産法第162条1項1号)。期限前の返済行為などは、支払不能になる前30日以内になされたものが原則的に否認権の対象となります(破産法第162条1項2号)。
自己破産をしたくても否認権を行使されそう、という場合には、以下の対処法が考えられます。
基本的には、破産管財人の判断に委ねて、否認権を行使してもらえば足ります。否認権の行使は破産財団をあるべき状態に回復させるものであって、破産者にとって一概に不利なものではありません。
破産管財人の指示に従って自己破産手続きを進め、免責が得られれば破産者としての目的は達成できます。
受益者に迷惑をかけたくないなどの理由で、どうしても否認権を行使されたくない場合には、個人再生を申し立てることも考えられます。個人再生手続きには否認権に関する規定は適用されないからです(民事再生法第238条、第245条)。
ただし、場合によっては再生手続きによる返済額が増額される可能性があること(同法第231条1項、第174条2項4号、第241条2項2号)と、不当な目的が認められる場合には申し立てが却下されるおそれがあること(同法第25条4号)に注意が必要です。
借金返済に追われている方が、気付かないままに否認権の対象となる行為をしてしまうことは珍しくありません。その場合には、自己破産手続きで正当に否認権を行使してもらうか、個人再生を申し立てるかを検討することになるでしょう。どちらがよいかは、弁護士にご相談の上で判断されることをお勧めします。
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