債務整理 弁護士コラム
自己破産は借金を帳消しにできる一方、法律で認められている差押え可能な財産は、債権者への弁済・配当のために、換価処分されます。
自己破産を考えている方の中には、すでに退職金を受け取った方、もうすぐ受け取る方もいるでしょう。
「自己破産をすると退職金はどうなってしまうの?」という疑問もあると思います。
本コラムでは、自己破産をすると退職金も差押えにあうのか、あう場合は差押え(換価処分)にされる範囲、自己破産を会社に知られたくない場合の対処法について、弁護士が解説します。自己破産を検討中の方の参考になれば幸いです。
結論から先に述べれば、退職金は自己破産において差押えにあう可能性はあります。
また、退職金の差押えは、在職中の人が自己破産した場合にも「退職金の支給見込額」が対象になりますので、「退職しなければ差押えされない」ということもありません。
以下では、その法的な根拠や、退職金の差押え(換価)の基本的な仕組みについて解説していきます。
自己破産した場合に退職金が差押えの対象となるのは、退職金が「給料の後払い」という性格をもっていることによるものです。
つまり、退職金は、自己破産の時点で在職中の人の場合でも、その時点で退職したときに受け取れる金額(退職金見込額)については、すでに金額が確定し支払いを求めることが可能なもの(法律上の請求権が確定している債権)と考えられるというわけです。
他方で、一部の中小企業などの場合のように、「会社に退職金の規程がなく」、退職時に慣行として経営者から「心付け」程度の金銭が支払われているに過ぎないようなケースであれば、自己破産の時点では「退職金見込額の金額が確定しているとはいえない」ので、差押えの対象とはならないと考えられます。
以上のように、退職金は、自己破産手続きにおいては差押えの対象となるのが原則といえます。そのため、自己破産を申し立てる際には、「退職金の(見込み)金額」を裁判所に申告しなければなりません。
退職金の申告は、勤務先から「退職金見込証明書(退職金計算書)」を発行してもらい、裁判所に提出する方法で行うのがもっとも一般的です。
勤務先から証明書を発行してもらうことに抵抗があるという場合には、勤務先の退職金規程に基づいて自分で退職金額を計算する必要があります(退職金規程も裁判所に提出します)。
在職中の人であっても退職金(見込額)が差押えの対象になることで、「自己破産したら会社を辞めなければならないのではないか」と不安に感じる人もいるかもしれません。
しかし、退職金(見込額)が差押えの対象になるとしても、会社を辞める必要はありません。
上で解説したように、退職金は「給料の後払い」という性格を有するため、退職をしなくてもその支払いを求めることが可能だからです。破産手続きにおいても退職金見込額の換価は破産管財人によって行われます。
したがって、会社を辞める必要はありませんが、差押えが行われるときには、自己破産したことは必ず会社に知られてしまいます(会社に知られずに自己破産するための方法については、下で別に解説します)。
退職金が、以下の制度を利用して支払われる場合には、自己破産における差押えの対象外となります。これらの退職金は、法律によって差押えが禁止されているためです。
【参考】
自己破産をしたときに差し押さえられる退職金の範囲は、自己破産をするタイミングによって大きく異なります。
「会社を辞めてから自己破産しよう」と考えている人は特に注意する必要があります。
上でも説明したように、破産手続きで差し押さえられる退職金は「給料」の後払いの性質をもつものとして取り扱われます。
つまり、差し押さえられる退職金の金額も給料の差押えの場合と同じように、「退職金額の1/4」が差し押さえられることになります。
ただし、この取り扱いになるのは、退職金の受領と金額が法律上確定していると評価できる場合に限られると考えられています。
したがって、1/4の差押えが適用されるのは、定年退職の直前といったケースのように、「退職時期が具体的に明確になっていて、退職金の金額も確定している時期」や、「退職から退職金受け取りまでの間」に自己破産をした場合になります。
まだ退職しておらず、当分退職予定がないというケースでは、「自己破産手続き開始時点での退職金支給見込額の1/8」が差押えの対象となるのが一般的な実務運用です。
以上のような運用となるのは、退職予定のない債務者の場合には、将来退職金をもらえる見込みがあっても、まだ先の話なので、退職金の受け取りが確実であるとはいえません。
それにもかかわらず、原則どおりに退職金の1/4を差し押さえるのは、債務者にとって酷といえるからです。
在職中に行う自己破産の大半は、自己破産申立手続き直前に退職届などを出しているというわけではないでしょうから、この対応に該当するといえるでしょう。
なお、裁判所によって運用は異なりますが、退職金支給見込額の1/8が20万円に満たない場合(退職金見込額が160万円以下)には、一般的に差押えの対象から除外されます(他にも財産があるケースでは、差し押さえられる可能性がないわけではありません)。
上記の2つの場合とは異なり、自己破産の時点で債務者がすでに退職し、退職金を受け取っている場合には、退職金の大半が差押えの対象となる可能性が高いといえます。
この場合には、退職金として受け取った金銭は、その保持の態様に応じて「現金」もしくは「預金」として扱われるからです。
破産手続き上、現金は99万円、預貯金は20万円(東京地裁の運用。裁判所によって運用が異なります。)までしか差押えの対象外となる財産(自由財産)として認められていません。
ここまで解説してきたことを、簡単にまとめれば、退職金の差押え額は、「自己破産するタイミング」によって変わるということになります。
このことを1000万円の退職金(見込額)がある場合を例にまとめると下記の表のようになります。
退職金受領の態様 | 差し押さえられる退職金の金額 |
---|---|
受領した退職金を現金として保持 | 99万円を超える部分(901万円) |
退職済みだが退職金の受領前(退職金額確定) | 確定した退職金額の1/4(250万円) |
退職直前(退職金額の確定後) | 受領予定の退職金の1/4(250万円) |
在職中(退職予定なし) | 支給見込額の1/8(125万円) |
以上の表からは、「退職の時期より自己破産の時期が早い」ほど、差押えという点では、債務者にとって有利な結論になるといえます。
自己破産を検討する人の中には、「会社に知られたくない」、「会社に迷惑をかけたくない」「退職金で家族・知人などの借金を返済したい」といった理由で退職してからの自己破産を検討する人もいるかも知れませんが注意が必要です。
なぜなら、退職後の自己破産は差押えの面ではかなり不利になりますし、自己破産直前に一部の債権者にだけ返済を行うことは偏頗弁済(へんぱべんさい)として破産手続きの中で大きな問題となる(返済が法的に否定される)可能性が高いからです。
借金があることや、自己破産をすることを会社に知られたくないという方は多いでしょう。
このような場合には、どのような対応をしたらよいのか説明します。
破産手続きにおいて退職金(見込額)が差押えにあうときには、法的には破産管財人が勤務先に当該金額の支払いを求めることも考えられます。
そうなってしまうと、債務者は自己破産したことを必ず会社に知られてしまいます。
そのため、破産手続きの実務では、「差押え対象額相当額」を債務者自身が破産管財人に提供する(実務では「破産財団に組み入れる」といいます)方法がとられることが一般的です。
自己破産手続きにおいては、債務者の今後の生活のために、99万円までの財産については差押えが禁止されていますので、その中から退職金の差押え相当額を破産財団に拠出するというわけです。
たとえば、「自己破産時点での退職金見込額が400万円」であるというケースであれば、退職金見込額の差押え額はその1/8の50万円となるので、手持ちの現金・預貯金などからこの50万円を支払うことで、破産管財人から勤務先への請求をストップできるというわけです。
とはいえ、自己破産に追い込まれる状況にある人が、それだけのまとまった現金を工面することは実際には簡単ではありません。
そこで、実際には、自己破産後の収入(毎月の給料)から退職金の差押え相当額を積み立てる(分割払いする)という方法が一般的です。
したがって、退職金差押え額に相当する手持ち財産がない場合でも「会社に知られずに自己破産できない」と決めつけてしまう必要はありません。
退職金の差押えを回避するためのもうひとつの方法が「自由財産の拡張」と呼ばれる方法です。
破産手続きにおける自由財産とは、破産をしても差押えを受けることなく、債務者(破産者)が自由に処分することのできる財産のことをいいます。
破産法では、「総額で99万円までの財産」が自由財産とされていますので、裁判所と交渉をしてこの自由財産の範囲を(たとえば150万円までというように)拡大してもらうことを「自由財産の拡張」と呼んでいます。別の言葉でいいかえれば、「破産手続きにおいて『差し押さえない財産』の範囲を拡大してもらう」ということです。ただ、破産手続きの一般的な実務では、たとえば東京地裁のように退職金見込額について20万円までを自由財産とする運用をしている地方裁判所が、他の財産と合わせて99万円を超えない範囲で退職金見込額について自由財産として認める枠を拡張してもらうことも自由財産の拡張と呼んでいます。実務上では、99万円を超えて自由財産が拡張されることはまれですので、以下では、99万円を超えない範囲で自由財産を拡張することを想定して記載します。
具体的な数字があった方がイメージしやすいと思いますので、ここでは、債務者(破産者)の財産が、現金40万円(預金なし)、自己破産時の退職金(見込額)400万円というケースで説明してみましょう。
この場合、債務者が自己破産の時点でも退職予定がないのであれば、退職金見込額の差押え額は、400万円×1/8=50万円となります。
東京地裁などの場合、原則どおりに処理をすれば、20万円までは自由財産となりますので、30万円が換価の対象となりますが、40万円(現金)+50万円(退職金の1/8)=90万円となり、99万円以下ですので、自由財産の拡張が認められれば退職金見込額全体が換価の対象から外れるということになります。
なお、自由財産の拡張は、裁判所の裁量によってその可否や詳細が決められることになっています。
したがって、個別のケースで自由財産の拡張が認められる可能性や、拡張される具体的な金額については、自己破産を依頼した弁護士に確認するようにしてください(自由財産の拡張があるから「私のケースは大丈夫」と独断することは危険です)。
自己破産は、申し立てを検討するほとんどの人にとって初めての経験なので、わからないこと、不安なことがたくさんあるのは当然といえます。
また、自己破産をした経験のある人に教えてもらうことも簡単ではありません。
自分が自己破産をしたことは秘密にしておきたいと考えるのが普通といえるからです。
そのため、不安な気持ちが先立って、思い込み、間違えた知識などで、対応を決めつけてしまうようなことも珍しいことではありません。
特に、退職金をめぐる問題は、今後の生活にも直結する問題なのでなおさらでしょう。
自己破産についてわからないこと、不安なことがあるときには、弁護士に直接相談して解決するのがもっとも正しい方法といえます。
ネットの記事などでは、あらゆるケースに対応できる解説を加えることは不可能といえるからです。たとえば、今回のテーマについても、自由財産拡張の問題などは、ケース・バイ・ケースでしか判断できません。
自己破産に関する相談は、無料で受けられる事務所も増えています。また、土曜や平日夜間の相談にも対応してくれる事務所も増えつつありますので、これらの無料相談を上手に活用するとよいでしょう。
自己破産手続きにおいて退職金の取り扱いは、債務者にとっても破産手続きにとっても非常に重要な問題です。
破産手続きにとっては、特に重要な配当原資のひとつである場合が多く、破産者にとっては、今後の生活に直結する可能性もあるからです。
とはいえ、「退職金の差押えがイヤだから」ということで何も対応しないということは、さらに状況を悪化させるだけですからおすすめできることではありません。
問題を先送りしたところで、借金の負担は軽くならないからです。
実際の自己破産では、退職金の差押えが行われることは考えにくく、さまざまな方法・交渉を検討・実施しますので、自己破産をしても退職金がすべてなくなるわけでも、退職金を確保するために無一文になるというわけでもありません(自己破産をしてもその後の生活が維持できなければ意味がありません)。
しかし、上手に自己破産するためには、それを可能とするために必要な準備を十分に行った上で自己破産を申し立てる必要があります。
自己破産を検討するほどの借金を抱えてしまった場合には、1日も早く弁護士に相談することを強くおすすめします。
ベリーベスト法律事務所は、北海道から沖縄まで展開する大規模法律事務所です。
債務整理、任意整理、自己破産、個人再生、過払い金請求など、借金問題についてのお悩み解決を弁護士がサポートいたします。債務整理のご相談は何度でも無料です。ぜひお気軽に お問い合わせください。
借金問題の解決手段として自己破産を選択すれば、裁判所から免責許可を得られた場合に限り、原則としてすべての借金返済義務が帳消しになります。
ただし、自己破産の強力な借金減額効果を享受するには、自己破産特有の「財産処分」というデメリットに注意が必要です。特に会社員の方が自己破産をする場合は、退職金という大きな財産の扱いが問題になります。
本コラムでは、自己破産をしたときの退職金の取り扱いについて、ベリーベスト法律事務所 債務整理専門チームの弁護士が解説します。自己破産手続きは、財産処分以外にも注意すべき点が少なくありません。想定外のデメリットを被る事態を避けるためにも、事前に弁護士までご相談ください。
多額の借金を背負っても、自己破産をして免責が許可されれば借金はゼロとなり、人生の再スタートを切ることができます。
実際、令和3年、自己破産を裁判所に申請し受け付けられた件数は、6万8240件でした。(令和3年司法統計第105表 「破産新受事件数 受理区分別 全地方裁判所」より)
とはいえ、自己破産をしてしまうと、その後の生活においてさまざまな制限に悩まされることになると考えている方も多いのではないでしょうか。
たしかに、自己破産をすると、その後の生活への影響がゼロというわけではありません。しかし、実は多くの方が心配しているほど制限された生活を余儀なくされるわけでもありません。自己破産後の生活が気になる方は、本コラムを参考にしてみてください。
自己破産とは、返済できなくなった借金から解放されるための法的手続きです。
しかし、自己破産を申し立てても、必ず借金の返済義務が免除されるとは限りません。「免責」が許可されて初めて返済義務が免除され、借金から解放されます。
本コラムでは、自己破産における免責とは何か、どのようなケースで免責が許可されないのかについて、ベリーベスト法律事務所 債務整理専門チームの弁護士が解説します。免責許可を受けるための手続きや、免責許可が難しい時の対処法も解説するので、ぜひ参考にしてください。